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41.「星間旅行」

星間旅行が可能となってから、人々の間でモールス信号が流行し始めた。

光によるモールス信号が遠くの星と交信可能な唯一の人類共通言語であり、その星に到着したであろう未来の自分に向かって発信するメッセージ、あるいは、目標の惑星に到着したときに過去の自分から届くメッセージという一種のタイムカプセルのような神秘性に人々はロマンを感じたからである。

 

宇宙船自体、日本に離着陸可能な基地は種子島の1か所のみで世界的に見てもまだまだ少なく、またモールス信号も実験的に行ったのが成功しただけだったのだが、その事実が星間旅行の魅力を無尽蔵に膨らませ、いつか自分もとモールス信号を覚えようとする人が増え、次第には人々にとってモールス信号は当たり前の存在となっていった。そして人々は宇宙に発信するモールス信号のことを、宇宙を超えて届くタイムカプセルということからスペースカプセルと愛着を持って呼ぶようになった。

 

ここにまた一人、星間旅行を計画する男がいた。

その男は妻と共に4光年先の惑星へ向かう宇宙旅行を計画しており、この時代ではいたって普通の宇宙旅行ではあるが、それでも世間からの注目が集まっていた。

それはスペースカプセルの内容を公募すると言ったからだ。

タイムカプセルといえば元来、未来の自分へのメッセージを送るもので、スペースカプセルも大概未来の自分へのメッセージとして利用していた。

だがこの男はそれを公募すると発表した。その発言はニュースに取り上げられ、瞬く間に世間へ拡がり人々を大いに賑わせた。

 

応募条件は1つ。

特設サイトから志望動機を送るだけだった。

メッセージの内容は問わず、年齢制限などもない。ただ熱意を送ってくれとのこと。期限は1週間以内。文字数制限もなし。

 

テレビやネットではすぐさま志望動機の戦略が練られた。文字数は多い方がいいのか短い方がいいのか。自分の生い立ちから話すべきという人もいれば、そもそもこんな公募なんて無いという人も多い。また、やはりこのチャンスをつかもうとする人が多いことからサイトのアクセス数が多く、サーバーダウンすることもしばしばあった。このことから金持ちが作ったサイトならばサーバも強固であり、よって偽物であるという論説も生まれ、世間は混乱に陥ったまま、期限がきた。

 

結果としてこのサイトは本物でありながら、中々サイトに繋がらないということから応募総数は1万弱となった。

男はまた1週間後に合格者を発表すると言った。

ここでまた世間では応募できなかった落胆の声と共に1つの論争が巻き起こった。一体合格者は何名なのか。1名なのか、応募者全員なのか。

そこから発展してそもそも公募すると言った目的はなんなのか。その目的は合格者発表と共に語られた。

 

合格者は3名だった。

1人目は公立の小学校に通う4年生の少年。2人目は20代前半のこれから結婚を控えている女性。3人目は会社勤めの50代の男性。世代も職種も性別もバラバラだった。

「いろんな世代の人と人類史上最も遠い環境の中での交流をしたいんですよ」

それが彼が言った今回公募した理由だった。応募者を世代に分けた後、何回かくじ引きを行って決めたそうだ。

 

 

今回、星間旅行で行く星は地球から4光年先の惑星である。

現状、開発された宇宙船の速度は高速の2分の1の速度で進むため、目的の惑星につくのは8年後である。また、目的の惑星についたとしても着陸はせずに惑星の周りを周回するだけで、集会後すぐに地球へと帰還する。滞在時間は大体1時間。星間旅行という名前ではあるが、そんなもんである。

 

いよいよ星間旅行へ旅立つ日がきた。

彼ら夫婦は大勢の人に見送られた。搭乗するする際、星間旅行を計画した夫は満面の笑みで見送る客に応えていた。妻も夫と同じく満面の笑みで手を振っていた。しかし、いざ乗り込むとき、その一瞬だけ妻の顔が若干曇ったように見えた。

出ロケットは何事もなく無事に発射された。

 

4年後、今度はスペースカプセルを送る時期がきた。

3人のメッセンジャー(合格者は人々からこう呼ばれた)は、1度だけ夫婦と話す機会があり、内容については自由だと告げられた。だが、惑星への滞在時間の短さから送るメッセージは1人当たり5文字までと制限された。幸い濁点・半濁点は文字数制限には含まれない。

人々の注目はやはりどんなメッセージを送るかに集まった。少年と男性が内容を公表した。少年が送るメッセージは「どうですか」。一方、男性は「おげんきで」。

賛否両論であった。なんだそれはと言うものがいたり、そんなもんだろと言うものがいたり。その声の傍ら、女性に対してメッセージ内容を公表しろという声も高まっていた。

地球からメッセージを送る場合、人工衛星に搭載された鏡で太陽光を反射させて行う。モールス信号は波長の長短で文字を表すため、鏡の表面には開閉式のシャッターが付けられ、その開閉によって目的の惑星に対して太陽の光を反射の長さを調整してモールス信号を送る。信号は惑星に向かって送られるため、地上からその内容はわからない。

惑星に到着した宇宙船から地球にモールス信号を送るシステムも同様だった。そのため、宇宙船からのモールス信号は地上からでも見えることから、女性のメッセンジャーが送る内容さえ分かれば地上に住む人も今回のどんなやり取りが行われたかが分かるのだった。しかし、メッセージの内容の公表はメッセンジャーの自由とされていたため、彼女は最後まで公表しなかった。

 

それから8年後、惑星からメッセージがきた。

メッセージは10代少年、20代女性、50代男性の順で送ったため、返信もその順でくる。4光年先の惑星から送られてきたメッセージは次の通りだった。

「すばらしい」「だれなんだ」「わからない」

メッセンジャー並びに人々は困惑した。「すばらしい」は少年の返答としてまず間違いない。「わからない」も男性の返答として間違いはないだろう。しかし、まずここに1つ目の疑問がある。「おげんきで」という質問に対して「わからない」という返答は、つまり何か問題があったのではないか。宇宙船に何かトラブルがあって、帰還困難に陥ってしまったのかもしれない。もしくは宇宙人と遭遇して攻撃にでもあったのか。

けれども少年の「どうですか」という質問には「すばらしい」と返答があった。トラブルに陥った人間がそんな回答をするだろうか。1つ目と3つ目のメッセージを送る間には5分も時間はない。そんな短時間でトラブルに陥ることはあるだろうか。

 

あるかもしれない。

星間旅行もまだまだ未熟な技術で予期せぬトラブルはあるだろう。

しかし、2つ目の疑問がそのトラブルの内容の予測をより困難にさせた。一体「だれなんだ」というメッセージは誰に向けたものなのか。メッセンジャーは当然、彼らが選抜している。それに何度も会合したはずだ。そのメッセンジャーからのメッセージに対して「だれなんだ」とはどういうことか。もしや宇宙船内に知らない人がいたのだろうか。

 

星間旅行の間、宇宙船はすべて自動操縦で動く。そのため乗船するのは旅行者のみで、今回でいうとたった2人である。惑星に向かう行きと帰り合わせて8年間はコールドスリープで過ごす。コールドスリープの機材は人数分しかない。たった二人きりの世界。

もし宇宙船内に侵入者がいればなす術はない。コールドスリープ中に何かをすることはたやすいだろうし、そもそも旅行者にとっては自分たち以外乗船していないはずなので油断しきっており、侵入さえすればほぼ侵入者の目的がなんにせよ達成するだろう。しかし、物事にはタイミングというものがある。なぜ2通目のスペースカプセルを送る直前で異変が起きたのか。何か異変を起こすなら1通目からだろう。こういった謎がますます謎を迷宮入りにさせた。

 

再び4年後。

いよいよ星間旅行を終えて地球にあの夫婦が帰還するときがきた。人々は4年前のメッセージの真相が解き明かされると待望のまなざしで宇宙船の着陸を待っている。メッセンジャーの3人もとい人類は、星間旅行に旅立ったあの日から16歳年齢を重ねているが、そのまなざしはあの頃の輝きのままであった。

ついに宇宙船から人が出てきた。最初に出てきたのは妻の方だった。コールドスリープで過ごしていたから容姿に一切変わりはなかった。だが、出発時よりも明るく見える。迎える観衆に大きく手を振るその表情は満面の笑みだ。次いで夫が出てきた。その表情や雰囲気は妻に比べて暗くげっそりしているように見える。夫の大衆を見つめる目は、まるで何かに怯えているようだ。二人は搭乗口から降りた後すぐさま車に乗ってしまい、そして公の前に姿を現したのはこれで最後だった。

 

後年、メッセンジャーの3人は夫婦と面会したらしいとの情報が出回った。

少年には(もうすでに20代後半ではあるが)、星間旅行がいかに素晴らしかったかを語ったらしい。50代だった男性にはやはり星間旅行には怖さもあり、その恐怖から「おげんきで」に対して「わからない」との返答をしたとのこと。そして女性との面会の内容は、またしても謎に包まれていた。ただ星間旅行を計画した男は面会後、陰鬱そうであり、その日から持病が悪化して1年以内には亡くなったそうだ。一方、女性2人はその後も度々交流しており、その関係は晩年まで続いたそうだ。

一体、女性がどんなメッセージを送ったのか、男はなぜ星間旅行後に衰弱してしまったのか、その謎は男が死んだことで人々も徐々に興味が薄れていった。

 

しかし、1人だけ気になっている男がいた。

この記事を書く私だ。スペースカプセルの歴史を振り返る企画で記事を書くことになり、いろいろと調査を進めていく中でスペースカプセル誕生して間もないころに起きたこの事件の真相を知りたくなった。

 

私はすでに齢70となった当時メッセンジャーの彼女に連絡を取った。

場合によっては公言禁止されることも辞さない構えでいると、彼女からは別に公言してもいいときた。50年近くも真相が明かされなかったというのになぜ急にと思い理由を聞く。こういった場合はありがたく聞くべきで、わざわざ理由を聞くのは場合によっては取材の許可が下りないこともあるが、彼女からは「すべて解決したから」と返信がきた。

 

対面で話す機会が訪れた。

彼女曰く、すべては星間旅行を計画したところから始まったらしい。

 

星間旅行を計画した男は、大学在学中に製作したオンラインゲームが世間からの評判を集め、在学中ながらも起業した。会社ではゲーム制作を主に行いながら徐々に事業を拡大し、30代半ばでは海外進出も果たした。その後紆余曲折ありながらも概ね順風満帆に過ごした。そして50代となり、男は遂に人生に満足しきってしまった。

やりたいことをやり尽くし、行きたいとこにも行き尽くし、人生の目標も潰えてしまった。男は考えた。いっそ華々しく死んでしまおうかと。

その時目を付けたのは当時開発されたばかりのスペースカプセルだった。

カプセルの中身を公募することで世界中から注目が集まったまま、目的地の惑星で死ぬことでその時点で地球から一番離れたところで死んだ人物として記憶にも記録にも残るだろうと。

そのことを妻に告げるとやはり賛同してくれた。

結婚して30年以上。時には口論するがいつだって賛同してくれる。だからこそ妻と最期も一緒になりたかった。

 

そんなことを夫は考えていたのだろうと奥様は言ったそうだ。

奥様は無論死にたくなかった。内心ではそう思ってたらしい。だが夫はいつだって意見を聞いてくれず、だからもう意見することは諦め、違う計画を立て始めた。星間旅行自体はとても楽しみだったが、いかにして生きて帰るか。これが第一目標となった。

 

メッセンジャーの選出は基本的に男が行った。一度だけ女性の選出について、何人か候補を出されて誰がいいかと聞かれ、その時に選出されたのがメッセンジャーの彼女だった。

 

「なぜあなたが選ばれたか理由は聞きましたか?」

「私が結婚を控えていたからって」

 

一度だけあった面会後、奥様に個人的に呼ばれたそうだ。

「あなたにはいつだって何かを選択する自由がある。そのうえで協力してほしい。夫は星間旅行で死のうとしてるんだけど、私は死にたくないの」

と、奥様に言われたらしい。

奥様はずっと夫に従って生きてきたが、ここにきて自分の自由に生きたいと思ったらしく、結婚してもあなたはいつだって自由に生きられると伝えたかったからだという。

メッセンジャーの彼女は喜んで協力することを告げたそうだ。

そこからたった2人での生存戦略が始まった。

目的地の惑星に到着してからいかにして生き延びるか。どうやら男は薬を飲んで死のうとするらしく、だったらその薬を飲むことを拒否すればいいという案が出たが、死体と4年も一緒にいることは嫌だったため、男が死ぬことも止めることが目的となった。

あらゆるアイデアを出したのち、ついに思いついたのがとあるメッセージをスペースカプセルで送ることだった。

その内容とは「つまふりん」

お前の妻が不倫をしているという内容だった。

男はそのメッセージを受け取った瞬間、目を丸めて妻を見たそうだ。その時の妻は満面の笑みだった。男にとって、妻の不倫は本当なのか、おれは不倫されてしまう奴なのか、50歳も超えて不倫するのか、誰と不倫しているのか、そもそもこのメッセンジャーはなぜ妻の不倫を知っているのか。もうすぐ死のうとしており、非常に穏やかだった気持ちでいたのが急にざわついてきた。あらゆる考えがまるで走馬灯のように脳内を駆け巡った。どんな走馬灯を見るのか楽しみにしていたが、こんな走馬灯は望んでない。

 

スペースカプセルは入力作業を行えば、あとは機会が自動的にモールス信号に変換してメッセージを送ってくれる。男は思わず「だれなんだ」と入力してしまった。不倫相手は誰なのか、そもそもお前は誰なんだという考えが膨らみすぎて。

 

3人目のメッセンジャーの「おげんきで」という内容に「わからない」と男が回答したのにも、本来死ぬつもりではあったが、どうしても1つ解決しておきたい謎があり、この先どうなるか本当に分からなかったためこの内容となった。

 

惑星からスペースカプセルを送ったあと、男は妻に聞いた「どういうことなんだ」と。

しかし、妻は依然として「地球に帰ったらすべて答えてあげる」としか言わなかった。

男は食い下がるも、妻がコールドスリープに入ってしまったのでもうどうすることも出来ず、しぶしぶと自身もコールドスリープに入った。

 

地球に帰還し、コールドスリープから目覚めた後も男はすぐに、最終的な目標が達成できなかったことと、妻の不倫が本当なのか、その2つに悩まされた。

そしてすぐさまメッセンジャーの彼女を呼び寄せた。

そして男にとって衝撃的なことがそこで告げられた。

不倫なんてものは嘘だった。

妻は別に死にたくなく、また男にも死んでほしくなかったためについた嘘だった。

地球からこんなにも遠い所へ行けるのに、すぐ隣にいる人の考えすらなにもわからないのか。

男はきっとそれに悩んで死ぬことはなくなるだろうとの算段だった。

結果、それは見事に成功した。

全てを得てきたはずだったが、最後に妻からの愛を失った男はそのまま衰弱し、近いうちに亡くなった。

 

これが真相らしい。

メッセンジャーの彼女には記事にするにはそれなりに時間がかかることを告げて別れた。

今ここに書いてあるのもメモを乱雑にまとめただけだ。後日、またまとめよう。

私はゆっくり寝ることにした。