試行錯誤ブログ

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40.「小突き」

1.

突然、背中を小突かれた。

会社から帰宅途中の電車に揺られている中での出来事だった。

電車内は、席は埋まってはいるが、立っている人はまばらで、おれは吊革に捕まってスマホでゲームをしていた。初夏の夕暮れ時、仕事の疲れと共に暖かな空気に眠気を誘われて、半ばウトウトしていた。そんなすっかり安心しきっていた時に、不意に背中を小突かれると人はどうなるのか。

ただただ怖い。全身に鳥肌が立つのを感じた。

小突かれた理由はわからない。

座席の前に陣取っていたために、通る邪魔をしていたかなと思ったけど、リュックサックはちゃんと前に抱えていたし、割と席側に寄っていたから邪魔はしてないはずだった。

なので、咄嗟に思ったのは知り合いに小突かれたのかなということだ。というか知り合いであってほしかった。電車の中で変なやつなんかに絡まれたくない。そんなことを願いながら振り返ると、そこにはおじさんがいた。知らない人だ。しかも笑ってる。ニコニコとしながらこちらを見ている。なおさら怖い。電車内で知らない人に小突かれるのはこんなに怖かったのか。今まで会ってきた人のことを走馬灯のように思い浮かべたが、目の前の人物に会った記憶はなかった。少し肌寒くなってきた。

 

2.

セールとはすなわち、戦争です。

始まりの合図とともに、売り場へと駆ける我が同胞でありライバルたち。皆の目を見ると、いかにして真っ先に売り場へ行くかしか考えていないみたい。いつもは譲り合いの精神を持ちつつも、その時だけは我が我がと他人を押しつぶしてまで目的地へと突っ走る。でも、目的地に1番に着いたところで意味はない。だってそこからが本当の勝負の始まり。どの商品が一番新鮮で美味しいのか見極めなければ。そしてその見極めをいき迅速に行えるか。例え1番に着いたとしても、うかうかしているとすぐに良い商品はライバルに持ってかれる。逆に、遅くても良い商品を見抜きさえすればいくらでもチャンスは転がっている。

セールで勝つとは、商品売り場への最短ルートを割り出す判断力に行動力、より良い商品を見極める審美眼が重要なんです。そしてなにより、転がってきたチャンスを逃さないこと。

今日は高校時代の友達と久しぶりにランチを共にしました。久しぶりゆえに少々はしゃいでしまい、疲れがたまってます。これではこの後に行こうとしているスーパーのセールに勝つことはできません。だからなるべく体力回復するために、帰りの電車では座りたかったです。でも空いてない。

そんなことを思っていた矢先、近くの席が空きました。最寄りの駅に着いたためにおじさんが立ったみたい。でも、そのおじさんの様子がどこかおかしくて、近くに立っていた若いサラリーマンの元へと向かってます。そしてその若者の背中を小突きました。暴力現場です。でも、おじさんは笑顔。知り合いなのかと思ったら、若者はてんぱっている。電車内は騒然。一方、おじさんはしきりに先ほど自分が座っていた席をアピールしてる。どうやら席に座ってよということみたい。対して若いサラリーマンは、ひたすら首を縦に振っている。なにしてんだあれ。なんでそんなに頷いてんだ。感謝を伝えてんのかな。でも座る気はないみたい。もったいない。こちとらめちゃくちゃ座りたいのに。扉の閉まる音がしたので、おじさんは去りました。若いサラリーマンは未だに今あったことに驚いており、どうやら座る気はないみたい。この空いてる席がもったいない。だから私は座ることにしました。だって座れるチャンスだったんだもの。

 

3.

「ねえねえ、あのおじさんが急にあのサラリーマンのこと小突いたんだけど」

「え?小突く?どういうこと?暴力?」

「いや、指先で背中をつついたって感じ。でも強めだったから小突くって方がニュアンス的にはあってたかも」

「ああ、でもなんで小突いたの?」

「わかんない」

「あ、なんか席譲ってない?譲ってるぽいよね?」

「ほんとだ!譲ってるっぽい。」

「なんで譲ってんの?」

「わかんない」

「譲られてる人も頷きまくってるけど全然座んないね」

「ね」

「なんで?」

「わかんない」

「あれ、おばさんが座っちゃったよ! なんで?」

「わかんないよ。ていうかさあ、さっきから私に聞きすぎじゃない?私が答えを知ってると思ってんの?」

「え、なんで怒ってるの?」

「怒ってはないよ!」

「でも怒ってるじゃん」

「なんでって聞かれるのが嫌なだけ」

「なんで?」

「ほらまた言った」

「これはほんとに気になって」

「じゃあ今までのはなんだったの」

「なんでしょう?」

「クイズ出さないでよ!」

「そもそもなんでこんな感じになってるんだっけ?」

「え? えーっと、あ、あそこでなんか小突かれてる人がいたんだよ。もういないけど」

「ふ~ん」

「もういいやこの話」

 

4.

「小突き」

この言葉を聞いた途端、血が疼いてきた。日常生活においてこんな言葉使うわけがない。ということはやつがこの車両にいるのかもしれない。

名高い万引き犯「京成小突き野郎」が!

やつを直接見たことはないが、電車内でスリにあわれた方々の証言を聞くに、いずれも「そういえば今日背中を小突かれた」と同様の経験に会っていた。また、京成線での被害が多いことから、警察内部ではいつしか「京成小突き野郎」という名称がついた。

やつの手口として判明しているのは、後ろのポケットやバックからはみ出ている財布を取ると同時に背中を小突くこと。そういえば一度、小突いている現場を生で見たことある。その時も「小突き」という言葉がぴったりなぐらいに小突いていた。その現場を目撃した瞬間にやつを追っかけたが、その時は逃してしまった。

今回は女子高生がたまたま会話していたのを聞いただけだが、女子高生が小突きとしか表現できないということは、ほぼ奴で間違いないだろう。

それにしてもまさかこんな夕方の人が少ない時間帯で行うとは。

我々も随分とまた舐められたものである。しかし、お前も今日ここまでだ。

 ここまで来るのに長い時間がかかった。とても感慨深い。もう小突きというワードを聞くだけでこんなにも連想してしまうほど思い入れもある。しかし、それも今日まで。

ほんとに今日限り。

そんな気持ちで小突き現場を見ると、そこにはおじさんと若者がいた。様子から察するにおじさんが若者を小突いたようだ。あんな気の良さそうなおじさんがまさか京成小突き野郎だったとは。観念しやがれクソ野郎!

ホームを歩く小突き野郎を追いかけ、私は背中を小突いた。

 

5.

人に親切にすることは大変気持ちのいいことである。

行動を起こす瞬間は若干恥ずかしいが、それも一瞬で過ぎ去るもので、 後にはすがすがしい気持ちしか残らない。相手も笑顔。こちらも当然笑顔。

平和だ。平和はよい。私は平和にしたい。

今日も職場で若い子が困っていた。会話を盗み聞くと、どうやらコピー機の使い方が分からない模様。遠くの席に座る中堅社員に操作方法を聞きに行こうとしている。あんな遠くに行くよりも、近くの私が教えてあげた方がより早く解決するだろう。そう思って、私は会話に割って入り、操作方法を教えてあげた。いいことをしてあげた。若い子らも笑顔で感謝を伝えてきたので、非常に満足。

この行動のおかげか、今日の帰りは電車に座れた。素晴らしい、日ごろの行いのおかげとはこのことだろう。だが、今日はさらに良いことをするチャンスがまた訪れた。

最寄りの駅近くになった頃、揺れている若者がいた。

まだ新卒なのか、仕事の疲れが溜まったのだろう、非常に眠そうである。しかし、立ちながら寝るのは非常に危ない。ならばこの席を譲ってあげよう。なんて優しい行動なのか、我ながら素晴らしい。

若者に声をかけようとすると、その若者はイヤホンをしていた。こういう場合の声のかけ方を私は熟知している。背中を小突くのだ。私は彼の背中を小突いた。

彼はびっくりして振り向いた。驚かせてしまって申し訳ない。だが、敵意はないのだよ。私は笑顔になることでそれを伝えた。彼はイヤホンを外す気がなさそうなので、席が空いてることを指し示した。言葉がなくても伝えられるのだ。彼もその意図を理解したのだろう、頷いて感謝を伝えてきた。しかし、一向に座ろうとはしない。あれ、伝わってないのか。私は何度も笑顔で空いた席を指し示した。電車の発射音が鳴る。もう行かなきゃ。まだ彼は席に座ろうとしない。まあいいか。もういこう。

ホームを歩く中、私は今日の行動に浸っていた。今日は2回も人に親切をしてしまった。きっと、これからの帰り道でもいいことがあるだろう。そんなことを考えていたら、背中を小突かれた。私は驚いてしまい、ついちょっと弾んでしまった。振り向くと知らない中年男が。誰だろうと考えると、そいつは手帳を取り出し、「警察だ。観念しろ小突き野郎が」と言われた。頭の毛はもとより、頭の中も真っ白となった。

 

6.

知らないおっさんが電車を降りた後、財布を盗まれたのではないかとお尻のポケットを触った。しかし、そこには何もなかった。焦り、前に抱えたカバンのチャックを開けるとそこには大量の財布が入っていた。中を漁り、1つの財布を取り出す。ほっとする。ふと外を見ると、先ほど小突いてきたおじさんにこれまた知らないおじさんが絡んでいる。見せている手帳を見ると、どうやら警察のようだ。何かしゃべっている。「京成小突き野郎」と呟いているみたいだ。

まさか、この時間帯も警戒しているのか。

最近は危うい時もあるし、被害者の気持ちもさっき理解できた。

今日まで捕まらなかったのも偶然で、一度にこんなにも関連した事柄が起きるとは、きっとこれはもうやめろという警告かも。正直財布の処理も困ってきたし。これからは真っ当に生きよう。

そう決意して、おれはカバンのチャックを閉めた。