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35.「パンを求めて 第一章:出掛ける」

その日、浜岡は朝早く起きた。

といっても9時ではあるが。ただ、いつも休日は昼過ぎまで寝ていることが多いため、それに比べるとやはり早い。布団の横では目覚まし時計がジンジンと鳴っている。それを気にすることもなく、おもむろに起き上がって浜岡は窓に向かう。カーテンを開けると、眩しい日差しが部屋に差し込んでくる。気持ちのいい朝だ。大きく伸びを2回する。昔、2回伸びをすると完全に目が覚めると何かの専門家がテレビで言っていた。それ以来、浜岡は目覚めたら2回伸びをすることにしている。効果を実感したことはない。このタイミングで目覚まし時計を止めて、次に洗面台へと向かい、顔を2回洗う。また2回だが、こちらに関してはなんとなくである。だからたまに3回洗うときもある。顔を洗ったのち、歯磨きを行いながら朝食の準備を始める。といっても冷蔵庫から前日の夜にこしらえたサラダと牛乳を取り出し、食パンにバターを塗ってトースターで焼くだけだ。焼いている間にうがいをしに洗面所へ戻り、玄関のポストへ新聞を取りに行く。新聞を取ってリビングへ戻ってくると、パンがちょうど焼き終わっている。パンを皿に取って机に運び、テレビをつけ、新聞を読みながら、朝食を摂る。ここまでが浜岡の朝のルーティンである。以降は平日なら会社へ行く準備を、休日ならゲームなどをし始める。浜岡はこの朝のリズムを頑なに守っている。しかし、今日は珍しく用事がある日だった。なので、浜岡は朝のルーティンを終えたのち、早々に出掛ける準備をして、そそくさと家から出ていった。

 

浜岡は木造2階建てアパートの1階角部屋に住んでいる。築30年で少しボロボロのところも見受けられるが、浜岡はここを、そしてこの近辺を気に入っている。1DKだが風呂トイレが別で日当たりもよい。駅からも歩いて10分ほどだし、近くにコンビニやスーパーもある。そしてなにより美味しい自家製パンを売っているパン屋がある。そう、浜岡はパンが好きなのだ。

例えば食パン。トースターで焼いたときの、鼻全体を包んでくるかのような香ばしい匂い、白い生地にこんがりとした薄茶色、さらにその上を溶けたバターによってコーディングされたあのコントラクションがまずたまらなく好きであり、それに噛んだときのサクッという音に食感に、バターの奥から噛むたびに染み出してくる小麦粉の味とたまらなく好きなのである。また、今日はたまたまバターだったが、ジャムなどを塗るときもあれば、トースターで焼いた後にチョコを塗り、溶けていくのを楽しみながら食す時もある。フレンチトーストにするときもあれば、むしろ何も塗らずに食べるときもある。ほかにクロワッサンやアンパンも好きであり、クロワッサンは、何層も折り重なっていることを実感する噛んだ瞬間が好きであり、アンパンはただただ好きである。とにかくパンに目がないのだ。

そんなパン好きの浜岡のもとにある情報が飛び込んできた。それは、その近くのパン屋で最近、とんでもなく美味いパンが発売されたとのことだ。どういったパンなのか。その情報はまだ掴めていない。ただただとんでもなく美味いパンなんだと風の噂で聞いた。そして厄介なことに1日限定100食、しかも毎週土曜日のみ、午前中の11時からの販売らしい。そんなわけで、普段だったら寝ている休日に早起きして買いに行くことにしたのだ。

実はというと、先週も浜岡は10時ごろに起きてパン屋へと出掛けていた。しかし、着くとすでに行列ができており、またその日はテレビの取材も行われていた。店員に聞くともう今日の分は売り切れらしい。買えなかったのだ。テレビの放映はまだ当分先らしいが、しかし、テレビで放映されれば今よりも当然人が集い、ますます買える可能性が減るだろう。だからこそ今のうちに買う必要がある。だから休日にもかかわらず朝早く起きたのだ。正直起きれるが緊張はしたが、無事に起きれてよかった。その安堵と期待を胸に、浜岡はパン屋へ続く道を歩いていた。

そんな浜岡の前に、いくつもの荷物を抱えたおばあちゃんが現れた。

そして、この出会いこそが浜岡の今日という最悪な1日の始まりだったのだ。しかし、浜岡はそのことをまだ知らない。