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29.「東京駅地下の居酒屋で」

東京駅の地下には居酒屋がいっぱいある。

 

その日は後輩と飲む約束をしていた。

お店は当日良さそうなお店に入ろうと提案していた。すぐに見つかるでしょと高をくくっていたのだ。しかし、あまりのお店の多さに中々決めきれずにいた。

鉄板焼きと海鮮居酒屋の2店にまで絞り、ようやっと鉄板焼きのお店に決めた。

 

お互いの近況報告をしながら鉄板焼きのお店へと向かい、そろそろ目的地だと思ったところでふと立ち止まる。そして気付く。もしかしてお店過ぎてないかと。少し戻るとその鉄板焼きのお店はあった。だがここでも問題が発生した。立ち食いのお店だったのだ。久しぶりに会ったしゆっくり話したいよねということでそのお店は諦め、結局は海鮮居酒屋の方へと向かった。

 

案内された席で食事を適当に頼み、近況報告は続くが、話は次第に今日の出来事へ。

「もっとこう一発で決めていきたいですよね」

「どういうこと?」

「迷いまくった挙句外れ引いちゃってるじゃないですか、立ち食いだったりとか。じゃなくて最初から正解当てていきたいみたいな」

「確かに最初から海鮮居酒屋選んどけばな」

「なんかかっこ悪いんですよね」

「ええ?」

「もっとかっこ良くいきましょうよ」

と言って、後輩はトイレに行く。

 

メニューを見返したり、スマホをいじったりするけどどうしても時間を持て余す場合は、否が応でも隣の席の話が入ってきてしまう。

隣にはどうやら大学が一緒だった社会人の男女が座っていた。

食事が終わり、ちょうど男性が5千円札を取り出して支払うところだった。

「クレジットじゃないんだ」

「いや、いつもはクレジットなんだけどね」

 

なんだその見栄の張りかたは!

支払い方法なんてどうでもいいだろ!

たぶんこの男性はこの女性を狙っている。ほんとにいつもはクレジットで支払ってる可能性もあるが、2人の会話はこれで一旦終わったため、きっと咄嗟に否定してしまったのだろう。

この女性にとって、男の基準はクレジットで払うか否かにある。

だとしたらこの男性は今日で見限られてしまったのだ。

小銭まで割り勘することで見限られる話はよく聞くが、全額奢ってるのに紙幣で払っちゃったために見限られるのは初めて見た。

 

というかクレジットといってもほんとにかっこいいのはブラックとか、そういう特別製のものじゃないのか?

失礼だがこの男性が持っているのは、いわゆる普通のやつだろう。だからクレジットで払ったところでかもしれない。

それかもしかしたらこの女性は昨今の電子マネー化を推進したいのかも。大学は一緒だけど仕事は別そうな話ぶりだったため、この女性はクレカを推進している職種で、それを推し進めたいのかも。もしくはペイペイなどの電子マネーを開発している職種なのか。だとしたら、たとえ男性がクレカを持っていたとしても今度は「ペイペイとかじゃないんだね」という会話になってしまう。なんか不憫だ。

 

そんなことを考えていると、自分の席にも会計の催促が来た。

「お会計はどうされますか?」

僕は迷わず、隣の席にも聞こえるようにこう言った。

「クレジットで」