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12.「謝罪会見 VOL.2 記者編」

F郎はイライラしていた。何度謝罪会見の取材に行かないといけないのか。昨今、不倫やセクハラによる記者会見が急増している。その都度F郎は取材に行かされて飽き飽きしていた。

 

いや、不倫やセクハラによる謝罪会見の意義はあると感じている。それらによって傷ついた配偶者や同じ境遇の方のためにも間違いを認め、謝罪をすべきだ。ただどうにも最近の謝罪会見はおかしい。どうしたって不倫などをしてしまう状況だったとの説明が多くなっている。同情を買うことで好感度を上げようとする会見が多いのだ。しかも露骨に。どうも怪しんでいると一つのことに気づいた。これらの記者会見に共通して一人の女性が関係している。E美だ。

 

E美は謝罪コーディネータというよく分からない職業についている。しかも30年近くもだ。やはり30年も続けているのだから実力は大変あるのだろう、彼女が手掛けた謝罪会見はどれも会見後の好感度UPに成功している。だがそのやり方が気に食わなかった。

 

やり方はいつも同じだ。まず無言の謝罪から始まる。決まって5秒ほどだ。次に今回やらかしたことについて手短に話した後、自身の境遇を話し始める。その境遇についての部分が非常に長く、最終的に未来に向かっての夢を語りだす。なんだこれは、被害者への配慮はないのか。しかしながら、大抵世論は許す方向へ傾くのだ。上司からは何かしらバッシング記事を書けと言われるが、いつも記事作成は困難を来たしていた。

 

話は逸れるが、バッシング記事作成もF郎の信条に反していた。F郎は最初から決めつけて書くことなどしたくなく、取材によって分かったことをそのままに書き連ねたいと思っていた。それがどんな結末だろうと。しかし会社に所属している限り上司の命令に従うしかなかった。

 

そんな状況下で、F郎が毎回担当する謝罪会見を必ずE美が担当するため、元々政治記者志望だったことも相まってイライラが募っていた。

 

そこでF郎は次の会見限りで辞表を提出しようとしていた。現状、記者会見専属記者でしかなく、記事作成の方向性も自由に決められない。フリージャーナリストの道を歩もうとした。そんな時にG蔵の記者会見の仕事が舞い込んできた。F郎はこれを最後にしようと思ったいつもと違う命令が上司のH田から下された。

「今回は謝罪会見の内容を問わず、褒め称える記事を書いてくれ」

「褒め称える?なぜ?」

「金を積まれたからな」

「ああ」

 

簡単にそれまでの方針から変えてしまう会社に嫌気がさし、辞める決心が高まった。どうせ最後なのだからと適当に記事を書こうと思い、記者会見場へと向かった。

 

会見場に着いたF郎はまず周囲を見渡した。そして早速発見してしまった。E美だ。会見場の後方に立っている。予定通り今日の謝罪会見もE美が担当していた。分かってはいたがその姿を見ると改めて落胆した。それでも納得はいく。なぜなら好感度がとても高かった大物俳優G蔵の謝罪会見だからだ。

 

G蔵は若干20歳で出演した作品で日本アカデミー賞新人賞を受賞し、それから35年もの間第一線で活躍してきた俳優だ。今後も大河出演やCM出演が決まっており、海外作品への出演も増えていた。一方私生活でも30歳の時に、大河での共演がきっかけで新進気鋭の若手女優と結婚した。当時は大物カップルと謳われたが、出会いから結婚までがとても速かったためすぐに別れると世間からは思われていた。その予想に反し、今年銀婚式を迎えた。おしどり夫婦として知られ、パートナーオブザイヤーも何度も受賞し、世間からは理想の夫婦と言われていた。

 

そんな時だった。とある出版誌から不倫がすっぱ抜かれたのだ。相手は20代で今乗りに乗っているアイドル兼女優。ホテルから2人して出てくるところを撮られた。出会いはこちらも大河で、1年間の内に度々密会したことも掴まれた。記事が公表されてから世間からの評価はガタ落ち、出演キャンセルも相次いだ。事務所は急ピッチで対応に追われたが被害額も想像以上だったのだろう、謝罪会見は事件発覚1週間後にようやく行われた。それまでの間、G蔵の奥さんは無言を続け、一方若手女優は不倫を認め、連日謝罪と事の詳細を説明していた。

 

F郎含め多くの記者や芸能関係者は、G蔵の芸能活動は終了すると思った。謝るにしてもタイミングが遅すぎる。だが、謝罪会見のプロデュースはあのE美だ。会見でどのような展開が待っているのか皆期待が膨らんでいた。

 

会見が始まった。フラッシュが大量に焚かれる中、G蔵が神妙な面持ちで会場入りする。中央の席に着くと、G蔵は座らずにまっすぐ前を向き、そのまた頭を下げた。E美お決まりのパターン、無言謝罪だ。ぴったり5秒後頭を上げ、今回の経緯について説明を始めるだろう。

 

……

 

おかしい。G蔵はまだ頭を下げている。もうすでに20秒経った。周囲も異変に気付いたらしくざわめき始めた。

 

まさかこんな手段を使ってくるとは。確かにそれまで健全なイメージを持った俳優の失態、そこから回復するにはインパクトのある謝罪がまず重要だ。あの姿勢も大変なんだろう、G蔵の汗は止まらない。ふと、F郎はE美の様子が気になった。騒然とする会見場であの女はどんな表情でいるのか。目論見が当たって思わず微笑んでいるのか。F郎は後ろを振り向く。すると、E美の絶望的な表情が見えた。

 

「お前も驚いてんのかよ」

 

つい口走ってしまった。E美の想定通りではないのか。それとも想定通り過ぎて?もしかしたら他にもプロデューサーがいるのかもしれない。まあいい。今は会見に集中しよう。ところで、G蔵はいつまであの姿勢なんだ?

 

結局、G蔵は10分間もその姿勢のままだった。最後は突然うめき声をあげた後に倒れ、そのまま病院へと運ばれていった。会場にいる記者たちは世紀の会見であったと歓声を上げる者と、時間の無駄だったと批判をする者で割れた。いや、賛の方が多かった。ともすれば世論もG蔵を高評価する流れになるだろう。事実、G蔵の好感度はこの会見後上がっていった。

 

F郎だけはこの会見をどう評すればいいか決めあぐねていた。あの15分間の謝罪はいったい誰に対して行われたのか。妻のためか、それとも自分のためか。なによりなぜこのような謝罪となったのか。還暦間近になってあのような姿勢をずっと保つことは大変苦痛だろう。次第にこの謝罪会見を企画したE美に対しての苛立ちが募ってきた。そういえばあいつは今何しているのか。会見後、気になってその様子を見てみると号泣していた。その姿を見て、F郎は初めてバッシング記事を書きたい衝動に駆られた。それほどまでに苛立ち、もはや爆発しそうだった。

 

しかし、今回だけは肯定記事を書けと言われたことをF郎は思い出した。そこでF郎は記事執筆前に辞表を提出し、フリージャーナリストとして歩み出した。最初に取り扱うテーマは当然G蔵の取材会見、その裏側を暴くことだ。