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11.「謝罪会見 VOL.1 謝罪コーディネータ編」

E美はイライラしていた。記者会見上の後方から今すぐにでも目の前にいる記者を掻き分け、あの男の元へと行ってその頬をひっぱたきたいほどだった。なぜ教えた秒数を遥かに超えて頭を下げているのか。

 

大物俳優の不倫報道。愛妻家として知られる男だったがゆえに、世間の反響はすさまじかった。CMの打ち切りやドラマの出演見送りが相次ぎ、所属事務所の損害賠償額は3億円にものぼったため、すぐにでも何かしらの対処を打たなければならなかった。そんな時、白羽の矢が立ったのがE美だった。

 

謝罪コーディネータのE美はこの道30年近くの大ベテランだ。今や伝説となっている90年代初頭、大物司会者の脱税疑惑による謝罪会見を成功させて以来、数々の謝罪会見を成功へと導き、業界内ではその名を知らぬ者はいない存在であった。業界内における謝罪会見の成功とは、落ちた評判以上の好感度UPを果たすこと。よって今回の事件にはうってつけであり、だからこそE美の元へ依頼が来ることは半ば当然で、E美自身も30年近く前線で活躍してきたプライドから依頼を引き受けた。

 

E美が仕事を引き受けたことはすぐに業界内に広がった。そして人々の関心は今やE美がどのように成功させるのかその方法にしかなかった。それにはどうせ成功させてしまうのだろうと落胆の意味合いも含まれている。E美はどんな状況だろうと成功させてきており、批判記事の方が売れる一部出版関係の記者からは反感を買っていた。それでも失敗することなど誰しも一切考えていなかった。それはE美自身もそうだった。記者会見当日までは……。

 

謝罪において、頭を下げる時間の定石は5秒と言われている。長くて7秒、10秒ともなれば逆効果だ。それをすでに1分近くも頭を下げている。一体何を考えているのか、あのG蔵という男は。

 

30年目で初めて焦りを覚えた。このままでは確実に失敗に終わる。G蔵への世間からのバッシングは更に増えるだろう。なによりE美自身の業界内での立ち位置も危うくなる。E美はこの状況下で出来ることを考えた。

 

と言っても、謝罪コーディネータの仕事は当日の謝罪会見の流れを考え、指導すること。本番当日はただ見守ることしかできない。中にはもしもの場合に備え、熱狂的なファン役を用意し、会見会場に乱入して妨害を図る者もいる。だがE美はそんな準備などしていない。E美自身が熱狂的なファン役を演じたとしても会場にいる記者たちに顔が割れているため効果がない。E美に出来ることは何もなかった。E美は事の行く末を見守ることしかできなかった。

 

思えばよくここまで順調に来たものだ。

大学時代、事業に失敗したことで謝罪する父の姿を何度も見ていた。その姿からどのような謝罪が一番有効なのかを自然と学びんだ。そして商売になるのではと思い、実践した。すると瞬く間に謝罪業界を席捲し、トップに君臨した。以来30年もの間、今の地位を守り抜いてきた。その栄光も今日で終わる。

 

E美は涙が溢れてきた。私が引退することで多くの関係者は喜ぶだろう。自分勝手な行動で周りを振り回していたE美が、最後は他人に振り回されて終わる。嫌われ者としてのいい末路だ。E美の涙腺は崩壊した。

 

E美が泣き崩れた瞬間、会場からはなぜか割れんばかりの大喝采と怒号が聞こえてきた。