試行錯誤ブログ

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44.「キングオブコント2020の感想」

コントの感想だけ

 

滝音

コンビ自体初見。

黙々とラーメンを食べる男に対して、気前よく接客する店員。正直、飲食店で店員に絡まれるのはあまり好みではないけれど、このコントの店員はそこまで嫌悪するものではなくておすすめの食べ方紹介してくれたりと親切だった。それをずっと無視して食べるお客。それでも健気に話しかける店員に段々と感情移入して、逆に客に対しては少しは会話しろよと気持ちが募ってきたところで「大食い選手権なのよ」はめちゃくちゃ面白かった。確かに食べるペースが速いし、話してる余裕なんて尚更ない。この序盤1分ぐらいの様子が一気に納得できるものに変わって上手い設定だなと思った。その後も店員の行動や発言に独特なワードでツッコむのは面白かった。ただ、会話だけが繰り広げられてて、こんな広いステージの中、中央で喋るだけなのはもったいないなと思ってしまった。大食いなのになんでこんな喋ってるんだろうというか、もっと大食い中ならではのドタバタが見たかったかも。時間制限もあるだろうから、より早くより多く喰いたい客とちゃんと接客したい店員のバトルが見たかった気がしなくもない。独特なワード突っ込みを織り交ぜたバトル主軸のコントが見たかったかも。でも面白かった。

 

GAG

何回か見た。

何回か見たけどやっぱり面白かった。

河川敷?かどこかでフルートの練習をしていたら、たまたま通りかかった中島美嘉に見てもらうことになり演奏すると、フライを取りにきた外野手と中島美嘉がぶつかって精神が入れ替わってしまう。以降、フルートを吹くたびに誰かと誰か、もしくは何かが入れ替わるコント。

いつもは3分ぐらいで終わるけど、今回は5分でいつもより多くの展開が見れた。よりシャッフルされて混沌してた。どうシャッフルされるのかが楽しみなんだけども、シャッフルされるだけだったのが物足りなさを感じてしまったかも。シャッフルという主軸以外の笑いが他2人はシャフルに気付かないぐらいで、セリフのやり取りなどの笑いがもうちょっとあるとよかったかも。てぐすがいいのか悪いのかはよくわかんない。でもまあ面白かった。

 

ロングコートダディ

筋肉隆々の先輩に仕事の指導を受ける新人のコント。

「筋肉すごいですね」「頭悪いからさ」のやり取り好き。頭悪いゆえに端的に説明しようと心がけているからこそ細かい説明なんてせず答えのみ伝えたのか、自分の中じゃ筋が通っているが相手にはそれだけでは伝わらないことを想像できるほど頭良くないからなのか、みたいな想像も出来ちゃう井上さんのキャラの良さ。その後も「段ボール初めてか?」のやり取りも好き。会話していくことで冒頭の「頭悪いからさ」の真相がわかり、オチでだからあの筋肉なのかとコント全体がより面白くなる感じもよかった。さらに新人に「頭悪いですね」とストレートに言われてもどこまでも優しい井上さんがいい。また、謎の上げ下ろしの作業にたっぷりと時間を使うのもすごい。強いて言えば井上さんを最後の最後にまた見たかった。が、面白かった。

 

空気階段

霊媒師が依頼人のおばあちゃんの霊を取り込もうとしたらラジオの周波数と合ってしまって、そのままラジオを再生してしまうコント。名前も見た目も口調もどれも胡散臭く(タンスのコントの口調というか瀬川瑛子のモノマネをどうしてもキングオブコントでやりたかったのかな)、いざ霊を降ろすとコミュニティFMのラジオを受信したとか言ってよくわかんない会話を始めて怪しさ満点だが、ラジコで再生はじめたらマジで受信してたことが分かったのが面白かった。そこからどんどん霊を降ろそうとするもひたすらラジオだけが再生され、一瞬おばあちゃんが出るも取り逃がしてしまったり、実は霊媒師がそのラジオのリスナーだったと分かったり、いろんな要素が絡み合ってくのがよかった。面白かった。

 

ジャルジャル

競艇の会場で歌うことになり、そこではたくさんの野次が飛んでくるだろうからそれに慣れるために今から練習しようというコント。野次ワクチンという言葉で一発でわからせて来るのが凄い。野次もいろんなパターンがあって面白いし、終盤になるとなぜかほんとに社長としては喋らないでくれみたいな気持ちが生まれ、裏切らないでくれと、「野次に決まってるやん」のセリフが聞きたいんだと思ってたからこそ最後まで野次に徹底してくれたのがよかった。それに短い時間の中で「知らん」「誰やねん」「下手くそ」の流れを作るのもすごいし、短時間でいろんなパターンをこちらに覚えさせて笑いにつなげてるのがめちゃくちゃすごい。リズミカルでずっと聞きたくなるし、どんどんサイクルが短くなり畳みかけてくるから笑いが増幅するしで、これ以前の4組も面白かったけど爆発力が凄かった。面白い

 

・ザ・ギース

長年お世話になった先輩を見送るためにハープ演奏し、そのお返しとして切り絵するコント。キングオブコントでハープ演奏に切り絵も出来てやりたいこと出来て良かったなあみたいな気持ちになった。いつの間にか出場者最年長になっててびっくり。そしてコント終わりに一番かましてたのが高佐だったのも面白かった。でもハープの登場が全然受けてないの衝撃だし、逆に笑った。いろんなとこで小出しにしてたハープとか切り絵がついにきた!と思ったのに。ハープ情報もやや受けでだめなのかあと思った。まあでも演奏始めたら受け始めて良かった。優勝はしたいんだろうけど、やりたいことやれて満足したのでは。面白かった。

 

うるとらブギーズ

陶芸家が気に入らない壺を割っていくが、いいと思ったの壺も割ってしまうコント。 

リズムよく壺を割っていくのがいいし、壺を「いい!」と評価した後にも割ってしまってそれに気付く演技が上手かった。いいと思った壺を割らないようにする工夫が多種多様でよかった。二人の演技力だけで持っていくし、実物が無くても見てる人の想像力を働かせるのがコントの一種の良さでもあるけどどうせならほんとに壺を割ってほしかった感がある。でも面白かった。

 

ニッポンの社長

ケンタウロスの高校生がそのケンタウロスであることの悩みを吐露していたら、顔だけ牛の女性と出会って恋に落ちるコント。吐露も部分だけ見ると面白いけどもどう展開していくかわからなくて、顔だけ牛女性が出てきたら曲が流れ始め、ひたすら見つめ合うところで恋には落ちたんだろうとなるけど、再びどう展開するんだろうと引き付けられてからの歌い始めるという流れが面白かった。見つめ合う時間の長さがよかった。高校生のパートが終わって女性のパートに移ると、牛の叫びしかできないのも面白いし、その姿を見て幻滅するのかと思いきや全然そうではなくてそのままキス。それにょって女性が歌えるようになるが高校生は馬の叫びしかできなくなるのもよかった。流れがいい。ただ、馬の叫びで終わってしまったのが少しだけ物足りなさがあったかも。馬の叫びを見て、女性はどう思ったのかが見たかったかも。いらないかな。面白かった。

 

・ニューヨーク

披露宴にて新郎の友人まさおが練習してきたという一芸を見せるが、それが行き過ぎたパフォーマンスだったコント。最初に楽器の空演奏でザ・ギースが本当にハープ演奏をしてしまった以上ウケも評価も微妙になるんじゃないかと思ったけど、巨大な岩が出てきたぐらいからめちゃくちゃ面白かった。女子十二楽坊の曲にのせて巨大な岩を口で持ったり、インパクトを腹やこめかみに押し付けたりしてる時に、前半にフッてた「この後奥さんの友達がハッピーサマーウエディングやる」や「たった2か月で習得したの?」が効いてきて最高に笑った。そしてなによりまさおって名前がよかった。こんなことをやりそうな謎の説得力があった。演芸の合間合間のセリフも面白い。変な移動方法や本番はこれからですと言って巨大な岩運んできたり。本筋の演劇がどんどんエスカレートしつつ、合間も面白くて好きだった。当然ツッコミもいい。最後の最後の千羽鶴も笑った。面白かった。

 

ジャングルポケット

 男に会社の機密情報を喋らすために娘の情報を言って脅すが、男の知らない情報まで出てくるコント。面白いけど審査員のコメントにあるように確かに置いてかれた感がある。情報も早々に追えなくなったし、リズミカルで笑うタイミングもわかるけど、おたけのフリの部分がそもそもあまり聞き取れない時があって、次第にこいつらの目的もわからなくなり笑いどころが分からなくなった。男の知らない情報が出てくるタイミングも早かったかもしれない。冒頭はもう少し丁寧にいってほしかったかも。最初からテンポ早めでそのまま最後まで行ってしまった感じ。序盤ゆっくりからどんどんエスカレートしてほしかったかも。序盤にもっと脅すために娘の情報を言ってることを描いてほしかった。中盤に会社の情報を吐けと改めて言うけど、ほんとに脅すつもりあるのかと思ってしまった。あくまで脅すために言ってる情報がそいつよりも知りすぎている面白なのに、その情報単体の面白さがメインになってしまったのがよくなかったのかも。でも面白かった。

 

空気階段

 定時制高校で授業中の手紙のやり取りによって恋愛を育んでいくコント。このあらすじだと笑いの部分が分かんないけど、もぐらのキャラがやばかった。春の訪れを感じさせるようなMから始まり、綺麗な女装をしているかたまりが後ろの席の男に恋をしているとナレーションで説明があって登場するもぐらのインパクトがやばすぎる。何言ってるのか1ミリも分からない。その後、手紙のやり取りがあって、その手紙もナレーションされるのだが、もぐらのナレーションは手紙でも何言ってるのか分からない。何いってるのか分からないけどめちゃくちゃ笑える。すごい。そして次第にもぐらの言ってることが分かってくる。すごい。もぐらがトイレに行く下りもやばい。こんなやばい奴だけど、かたまりの熱が冷めることは無い。ニッポンの社長のコントもだけど、はたから見たらやばいけども本人にとっては何もやばくなく、そういったものというか普通に好きなんだと描くコントが多くなった気がする。だとしたらその変な奴を見て笑ってるおれらはどうなんだ。しかし、そもそもコントなんだから笑ってもいいのか。あくまでそのキャラは変とは思わないキャラを描くことで多様性を描き、あらゆる人を肯定している。ただそれはある意味悪意を巧妙に隠している気もする。わからん。とりあえず、もぐらのセリフが意味わからないのに笑えてすごかった。でも最後に1回だけもぐらのセリフで別に滑りはしてないけど笑いに繋がってないのがあって、それがもったいなかったかも。もぐらは終始何を言ってるのか分からないキャラなのに、なぜか次は何を言うんだろうと期待が高まっていて、だからこそ最後のオチ前のセリフで笑えなかったのがもったいない気がした。でも面白かった。

 

・ニューヨーク

髪を切りすぎてしまってそれを隠すために帽子をしていたヤクザの子分が、兄貴に帽子取ってみろよと言われたものの取るタイミングを見失って取り辛くなってしまい、お互いのプライドを守るために言い争うコント。しょうもないことをアウトレイジ風にやってて面白かった。こういうことあるし。お互いが最後まで譲らないのもいいし、舞台奥の日本刀を使うのもいい。舞台にあるものを無駄なく使うシチュエーションコント精神みたいな感じでいいし、実際に発砲するのもよかった。段々とエスカレートする感じもいい。いいしか言えない。面白かった。

 

ジャルジャル

 夜、とある会社に窃盗に入ったものの、子分がなぜかタンバリンを持っててバレないように頑張るコント。正直、面白けど優勝するか微妙なコントまた持ってきたのかよと思った。面白いけど。いくつものパターンを作るコントがいいと思うけど、やっぱりキングオブコントで何かしらぶっこみたい気持ちがあるのかな。ハープ演奏しかり発砲しかり。最後、子分を残して逃げようとするもやっぱりかわいいから一緒に逃げようと戻ってくるのがよかった。面白かった。

 

総じて面白かった。

43.「お腹が冷える季節」

季節は秋から冬に差し掛かり、1日の中での寒暖差が激しくなった。朝夜は寒いのに日中は温かい。1日に8°も温度の変化があって会社に行く恰好にも迷う。駅に向かうまでは寒いのに電車内は暑いし、でも会社の席はエアコンの冷たい風が直で当たる場所で冷えやすい。気分転換でたまに外へ散歩すると日光が当たり暖かい。なんだこれは。

こんなときに勢いよく冷たい飲み物を飲んでしまうと途端におなかを下す。そうなるとその後にどんだけ温かい飲み物をちょびちょびと飲んだとしてももう遅い。お腹が温まることは無く冷えたままで、ひたすらお腹から何かを搾り取るような音が聞こえ、次第に耐えられなくなってトイレに駆け込むことになる。トイレでの格闘を終えて帰ってきてもすぐにまたお腹がグルグルとなり、またトイレに行きたくなる。でもあいつまたトイレ行くのかよという周りの目が気になってしまって少し耐えてみる。しかし、お腹が鳴りやむことはない。すると今度はその音が周りに聞こえてしまってるんじゃないかとビクビクし始める。たぶん聞こえているんだろう。だって、普段から他の人のお腹が鳴ってる音聞こえてるんだもの。でも普段聞くそれはそろそろお昼頃だもんなと可愛く思えるものだが、今、自分が鳴らしている音はギュルルルルと何か断末魔だったり、雷が落ちたようなものでそこに可愛さなど微塵もない。そんな音を聞かれてしまってるんじゃないかという恥ずかしさとやっぱり猛烈な便意に襲われて10分前にトイレに行ったにもかかわらず行くことになる。

何年も生きているが今だ対策は練られてない。温かい飲み物をちょびちょびと飲むぐらいだ。一度下してしまったらビオフェルミンを飲む。飲むことでお腹を下しているのに予防策も回復策も飲むことでしか叶わない。

しかも問題なのはこれは季節関わらず襲ってくることだ。冒頭秋から冬に差し掛かりとあり、この季節特有のものみたいな書きっぷりだが、夏は暑いから冷たい飲み物を飲むことでお腹を下し、冬は単純に寒くてお腹を冷やす。春は秋と一緒で寒暖差が激しく、ちょっと暑いかなと油断してつい冷たい飲み物をグビっと飲んでしまいお腹を下す。もう嫌だ。

ちょうどいい季節はないのか。お腹を下さずに済むちょうどいい季節。最近は夏か冬か夏冬の混合の3つの季節で回っている気がする。極端な暑さと極端な寒さと暑さ寒さの差が極端に激しい日。ちょうどいい季節が欲しい。

小学生時代はまだ過ごしやすかった気がする。今よりも夏は暑くなく、逆もまた然り。でも今は夏はめちゃくちゃ暑いしそしてその逆もまた然り。これも温暖化の影響なのか。よくわかんないけど。まあでもお腹を下しやすいこの身体と根気よく付き合っていくしかない。日本に住む限り季節は移ろいでいくし、外国へ行こうとも今は行きづらいし。注意してちょびちょびと飲むことにする。グビグビ飲んでいいのはビールだけ。ああ、友達と飲みに行きたい。

42.「隣山田」

二宮        「北千住は千住の北にあるから北千住。西日暮里は日暮里の西にあるから西日暮里。てことでお前は山田の隣の席だから隣山田な」

木島        「なんでだよ!嫌だよ!」

二宮        「お前が新しいあだ名欲しいって言ったんじゃねえか」

木島        「だとしても他にもっとあるだろ!なんだ山田の隣だから隣山田って!大体席替えしたらどうすんだよ!」

二宮        「山田の隣になることを祈るんだな」

木島        「山田固定かよ!」

二宮        「コロコロ変わるのは面倒だろ?」

木島        「そうだけどそうじゃなくて!そもそも隣ってなんだよ!北千住理論だと北とかだろ!」

二宮        「方角なんてわかるわけねえだろ」

木島        「じゃあ右とかでいいだろ右山田とかで」

二宮        「じゃあ右山田で」

木島        「嫌に決まってんだろ!なんだ右山田って!」

二宮        「お前が言ったんだろ!」

木島        「そもそもナントカ山田が嫌なんだよ!おれは木島なんだからそっから考えろよ!」

二宮        「おい!山田が可哀そうだろ!あいつもうすぐ転校すんだぞ!」

木島        「だからなんだよ知らねえよ!」

二宮        「山田のことを忘れたくねえんだよ」

木島        「俺を利用すんなよ!」

二宮        「分かってくれよ!」

木島        「全然わかんない。俺が可哀そう」

二宮        「だったらお前が山田になってくれ」

木島        「は?どういうこと」

二宮        「山田襲名しろよ」

木島        「なんで襲名すんだよ。あだ名欲しいって言ったら苗字変えさせられるってなんだよ!」

二宮        「2代目山田」

木島        「おい、聞いてんのか」

二宮        「3代目は俺な」

木島        「襲名したいのかよ、だったらお前が2代目でいいよ」

二宮        「いいの!?」

木島        「なんで喜んでんだよ」

二宮        「2代目だからにっちゃんと呼んでくれ」

木島        「お前のあだ名が決まっちゃってんじゃん。苗字二宮だからいい感じになってんじゃん」

二宮        「それでお前はどうすんだ?」

木島        「どうにもなってないだろ」

二宮        「隣山田にすんのか、それとも元々の木島りおんぐファイナルステージか」

木島        「なんだその選択肢は」

二宮        「どっちがいいんだよ」

木島        「・・・元々のがいい」

二宮        「ほんとに言ってんのかよ」

 

41.「星間旅行」

星間旅行が可能となってから、人々の間でモールス信号が流行し始めた。

光によるモールス信号が遠くの星と交信可能な唯一の人類共通言語であり、その星に到着したであろう未来の自分に向かって発信するメッセージ、あるいは、目標の惑星に到着したときに過去の自分から届くメッセージという一種のタイムカプセルのような神秘性に人々はロマンを感じたからである。

 

宇宙船自体、日本に離着陸可能な基地は種子島の1か所のみで世界的に見てもまだまだ少なく、またモールス信号も実験的に行ったのが成功しただけだったのだが、その事実が星間旅行の魅力を無尽蔵に膨らませ、いつか自分もとモールス信号を覚えようとする人が増え、次第には人々にとってモールス信号は当たり前の存在となっていった。そして人々は宇宙に発信するモールス信号のことを、宇宙を超えて届くタイムカプセルということからスペースカプセルと愛着を持って呼ぶようになった。

 

ここにまた一人、星間旅行を計画する男がいた。

その男は妻と共に4光年先の惑星へ向かう宇宙旅行を計画しており、この時代ではいたって普通の宇宙旅行ではあるが、それでも世間からの注目が集まっていた。

それはスペースカプセルの内容を公募すると言ったからだ。

タイムカプセルといえば元来、未来の自分へのメッセージを送るもので、スペースカプセルも大概未来の自分へのメッセージとして利用していた。

だがこの男はそれを公募すると発表した。その発言はニュースに取り上げられ、瞬く間に世間へ拡がり人々を大いに賑わせた。

 

応募条件は1つ。

特設サイトから志望動機を送るだけだった。

メッセージの内容は問わず、年齢制限などもない。ただ熱意を送ってくれとのこと。期限は1週間以内。文字数制限もなし。

 

テレビやネットではすぐさま志望動機の戦略が練られた。文字数は多い方がいいのか短い方がいいのか。自分の生い立ちから話すべきという人もいれば、そもそもこんな公募なんて無いという人も多い。また、やはりこのチャンスをつかもうとする人が多いことからサイトのアクセス数が多く、サーバーダウンすることもしばしばあった。このことから金持ちが作ったサイトならばサーバも強固であり、よって偽物であるという論説も生まれ、世間は混乱に陥ったまま、期限がきた。

 

結果としてこのサイトは本物でありながら、中々サイトに繋がらないということから応募総数は1万弱となった。

男はまた1週間後に合格者を発表すると言った。

ここでまた世間では応募できなかった落胆の声と共に1つの論争が巻き起こった。一体合格者は何名なのか。1名なのか、応募者全員なのか。

そこから発展してそもそも公募すると言った目的はなんなのか。その目的は合格者発表と共に語られた。

 

合格者は3名だった。

1人目は公立の小学校に通う4年生の少年。2人目は20代前半のこれから結婚を控えている女性。3人目は会社勤めの50代の男性。世代も職種も性別もバラバラだった。

「いろんな世代の人と人類史上最も遠い環境の中での交流をしたいんですよ」

それが彼が言った今回公募した理由だった。応募者を世代に分けた後、何回かくじ引きを行って決めたそうだ。

 

 

今回、星間旅行で行く星は地球から4光年先の惑星である。

現状、開発された宇宙船の速度は高速の2分の1の速度で進むため、目的の惑星につくのは8年後である。また、目的の惑星についたとしても着陸はせずに惑星の周りを周回するだけで、集会後すぐに地球へと帰還する。滞在時間は大体1時間。星間旅行という名前ではあるが、そんなもんである。

 

いよいよ星間旅行へ旅立つ日がきた。

彼ら夫婦は大勢の人に見送られた。搭乗するする際、星間旅行を計画した夫は満面の笑みで見送る客に応えていた。妻も夫と同じく満面の笑みで手を振っていた。しかし、いざ乗り込むとき、その一瞬だけ妻の顔が若干曇ったように見えた。

出ロケットは何事もなく無事に発射された。

 

4年後、今度はスペースカプセルを送る時期がきた。

3人のメッセンジャー(合格者は人々からこう呼ばれた)は、1度だけ夫婦と話す機会があり、内容については自由だと告げられた。だが、惑星への滞在時間の短さから送るメッセージは1人当たり5文字までと制限された。幸い濁点・半濁点は文字数制限には含まれない。

人々の注目はやはりどんなメッセージを送るかに集まった。少年と男性が内容を公表した。少年が送るメッセージは「どうですか」。一方、男性は「おげんきで」。

賛否両論であった。なんだそれはと言うものがいたり、そんなもんだろと言うものがいたり。その声の傍ら、女性に対してメッセージ内容を公表しろという声も高まっていた。

地球からメッセージを送る場合、人工衛星に搭載された鏡で太陽光を反射させて行う。モールス信号は波長の長短で文字を表すため、鏡の表面には開閉式のシャッターが付けられ、その開閉によって目的の惑星に対して太陽の光を反射の長さを調整してモールス信号を送る。信号は惑星に向かって送られるため、地上からその内容はわからない。

惑星に到着した宇宙船から地球にモールス信号を送るシステムも同様だった。そのため、宇宙船からのモールス信号は地上からでも見えることから、女性のメッセンジャーが送る内容さえ分かれば地上に住む人も今回のどんなやり取りが行われたかが分かるのだった。しかし、メッセージの内容の公表はメッセンジャーの自由とされていたため、彼女は最後まで公表しなかった。

 

それから8年後、惑星からメッセージがきた。

メッセージは10代少年、20代女性、50代男性の順で送ったため、返信もその順でくる。4光年先の惑星から送られてきたメッセージは次の通りだった。

「すばらしい」「だれなんだ」「わからない」

メッセンジャー並びに人々は困惑した。「すばらしい」は少年の返答としてまず間違いない。「わからない」も男性の返答として間違いはないだろう。しかし、まずここに1つ目の疑問がある。「おげんきで」という質問に対して「わからない」という返答は、つまり何か問題があったのではないか。宇宙船に何かトラブルがあって、帰還困難に陥ってしまったのかもしれない。もしくは宇宙人と遭遇して攻撃にでもあったのか。

けれども少年の「どうですか」という質問には「すばらしい」と返答があった。トラブルに陥った人間がそんな回答をするだろうか。1つ目と3つ目のメッセージを送る間には5分も時間はない。そんな短時間でトラブルに陥ることはあるだろうか。

 

あるかもしれない。

星間旅行もまだまだ未熟な技術で予期せぬトラブルはあるだろう。

しかし、2つ目の疑問がそのトラブルの内容の予測をより困難にさせた。一体「だれなんだ」というメッセージは誰に向けたものなのか。メッセンジャーは当然、彼らが選抜している。それに何度も会合したはずだ。そのメッセンジャーからのメッセージに対して「だれなんだ」とはどういうことか。もしや宇宙船内に知らない人がいたのだろうか。

 

星間旅行の間、宇宙船はすべて自動操縦で動く。そのため乗船するのは旅行者のみで、今回でいうとたった2人である。惑星に向かう行きと帰り合わせて8年間はコールドスリープで過ごす。コールドスリープの機材は人数分しかない。たった二人きりの世界。

もし宇宙船内に侵入者がいればなす術はない。コールドスリープ中に何かをすることはたやすいだろうし、そもそも旅行者にとっては自分たち以外乗船していないはずなので油断しきっており、侵入さえすればほぼ侵入者の目的がなんにせよ達成するだろう。しかし、物事にはタイミングというものがある。なぜ2通目のスペースカプセルを送る直前で異変が起きたのか。何か異変を起こすなら1通目からだろう。こういった謎がますます謎を迷宮入りにさせた。

 

再び4年後。

いよいよ星間旅行を終えて地球にあの夫婦が帰還するときがきた。人々は4年前のメッセージの真相が解き明かされると待望のまなざしで宇宙船の着陸を待っている。メッセンジャーの3人もとい人類は、星間旅行に旅立ったあの日から16歳年齢を重ねているが、そのまなざしはあの頃の輝きのままであった。

ついに宇宙船から人が出てきた。最初に出てきたのは妻の方だった。コールドスリープで過ごしていたから容姿に一切変わりはなかった。だが、出発時よりも明るく見える。迎える観衆に大きく手を振るその表情は満面の笑みだ。次いで夫が出てきた。その表情や雰囲気は妻に比べて暗くげっそりしているように見える。夫の大衆を見つめる目は、まるで何かに怯えているようだ。二人は搭乗口から降りた後すぐさま車に乗ってしまい、そして公の前に姿を現したのはこれで最後だった。

 

後年、メッセンジャーの3人は夫婦と面会したらしいとの情報が出回った。

少年には(もうすでに20代後半ではあるが)、星間旅行がいかに素晴らしかったかを語ったらしい。50代だった男性にはやはり星間旅行には怖さもあり、その恐怖から「おげんきで」に対して「わからない」との返答をしたとのこと。そして女性との面会の内容は、またしても謎に包まれていた。ただ星間旅行を計画した男は面会後、陰鬱そうであり、その日から持病が悪化して1年以内には亡くなったそうだ。一方、女性2人はその後も度々交流しており、その関係は晩年まで続いたそうだ。

一体、女性がどんなメッセージを送ったのか、男はなぜ星間旅行後に衰弱してしまったのか、その謎は男が死んだことで人々も徐々に興味が薄れていった。

 

しかし、1人だけ気になっている男がいた。

この記事を書く私だ。スペースカプセルの歴史を振り返る企画で記事を書くことになり、いろいろと調査を進めていく中でスペースカプセル誕生して間もないころに起きたこの事件の真相を知りたくなった。

 

私はすでに齢70となった当時メッセンジャーの彼女に連絡を取った。

場合によっては公言禁止されることも辞さない構えでいると、彼女からは別に公言してもいいときた。50年近くも真相が明かされなかったというのになぜ急にと思い理由を聞く。こういった場合はありがたく聞くべきで、わざわざ理由を聞くのは場合によっては取材の許可が下りないこともあるが、彼女からは「すべて解決したから」と返信がきた。

 

対面で話す機会が訪れた。

彼女曰く、すべては星間旅行を計画したところから始まったらしい。

 

星間旅行を計画した男は、大学在学中に製作したオンラインゲームが世間からの評判を集め、在学中ながらも起業した。会社ではゲーム制作を主に行いながら徐々に事業を拡大し、30代半ばでは海外進出も果たした。その後紆余曲折ありながらも概ね順風満帆に過ごした。そして50代となり、男は遂に人生に満足しきってしまった。

やりたいことをやり尽くし、行きたいとこにも行き尽くし、人生の目標も潰えてしまった。男は考えた。いっそ華々しく死んでしまおうかと。

その時目を付けたのは当時開発されたばかりのスペースカプセルだった。

カプセルの中身を公募することで世界中から注目が集まったまま、目的地の惑星で死ぬことでその時点で地球から一番離れたところで死んだ人物として記憶にも記録にも残るだろうと。

そのことを妻に告げるとやはり賛同してくれた。

結婚して30年以上。時には口論するがいつだって賛同してくれる。だからこそ妻と最期も一緒になりたかった。

 

そんなことを夫は考えていたのだろうと奥様は言ったそうだ。

奥様は無論死にたくなかった。内心ではそう思ってたらしい。だが夫はいつだって意見を聞いてくれず、だからもう意見することは諦め、違う計画を立て始めた。星間旅行自体はとても楽しみだったが、いかにして生きて帰るか。これが第一目標となった。

 

メッセンジャーの選出は基本的に男が行った。一度だけ女性の選出について、何人か候補を出されて誰がいいかと聞かれ、その時に選出されたのがメッセンジャーの彼女だった。

 

「なぜあなたが選ばれたか理由は聞きましたか?」

「私が結婚を控えていたからって」

 

一度だけあった面会後、奥様に個人的に呼ばれたそうだ。

「あなたにはいつだって何かを選択する自由がある。そのうえで協力してほしい。夫は星間旅行で死のうとしてるんだけど、私は死にたくないの」

と、奥様に言われたらしい。

奥様はずっと夫に従って生きてきたが、ここにきて自分の自由に生きたいと思ったらしく、結婚してもあなたはいつだって自由に生きられると伝えたかったからだという。

メッセンジャーの彼女は喜んで協力することを告げたそうだ。

そこからたった2人での生存戦略が始まった。

目的地の惑星に到着してからいかにして生き延びるか。どうやら男は薬を飲んで死のうとするらしく、だったらその薬を飲むことを拒否すればいいという案が出たが、死体と4年も一緒にいることは嫌だったため、男が死ぬことも止めることが目的となった。

あらゆるアイデアを出したのち、ついに思いついたのがとあるメッセージをスペースカプセルで送ることだった。

その内容とは「つまふりん」

お前の妻が不倫をしているという内容だった。

男はそのメッセージを受け取った瞬間、目を丸めて妻を見たそうだ。その時の妻は満面の笑みだった。男にとって、妻の不倫は本当なのか、おれは不倫されてしまう奴なのか、50歳も超えて不倫するのか、誰と不倫しているのか、そもそもこのメッセンジャーはなぜ妻の不倫を知っているのか。もうすぐ死のうとしており、非常に穏やかだった気持ちでいたのが急にざわついてきた。あらゆる考えがまるで走馬灯のように脳内を駆け巡った。どんな走馬灯を見るのか楽しみにしていたが、こんな走馬灯は望んでない。

 

スペースカプセルは入力作業を行えば、あとは機会が自動的にモールス信号に変換してメッセージを送ってくれる。男は思わず「だれなんだ」と入力してしまった。不倫相手は誰なのか、そもそもお前は誰なんだという考えが膨らみすぎて。

 

3人目のメッセンジャーの「おげんきで」という内容に「わからない」と男が回答したのにも、本来死ぬつもりではあったが、どうしても1つ解決しておきたい謎があり、この先どうなるか本当に分からなかったためこの内容となった。

 

惑星からスペースカプセルを送ったあと、男は妻に聞いた「どういうことなんだ」と。

しかし、妻は依然として「地球に帰ったらすべて答えてあげる」としか言わなかった。

男は食い下がるも、妻がコールドスリープに入ってしまったのでもうどうすることも出来ず、しぶしぶと自身もコールドスリープに入った。

 

地球に帰還し、コールドスリープから目覚めた後も男はすぐに、最終的な目標が達成できなかったことと、妻の不倫が本当なのか、その2つに悩まされた。

そしてすぐさまメッセンジャーの彼女を呼び寄せた。

そして男にとって衝撃的なことがそこで告げられた。

不倫なんてものは嘘だった。

妻は別に死にたくなく、また男にも死んでほしくなかったためについた嘘だった。

地球からこんなにも遠い所へ行けるのに、すぐ隣にいる人の考えすらなにもわからないのか。

男はきっとそれに悩んで死ぬことはなくなるだろうとの算段だった。

結果、それは見事に成功した。

全てを得てきたはずだったが、最後に妻からの愛を失った男はそのまま衰弱し、近いうちに亡くなった。

 

これが真相らしい。

メッセンジャーの彼女には記事にするにはそれなりに時間がかかることを告げて別れた。

今ここに書いてあるのもメモを乱雑にまとめただけだ。後日、またまとめよう。

私はゆっくり寝ることにした。

 

 

40.「小突き」

1.

突然、背中を小突かれた。

会社から帰宅途中の電車に揺られている中での出来事だった。

電車内は、席は埋まってはいるが、立っている人はまばらで、おれは吊革に捕まってスマホでゲームをしていた。初夏の夕暮れ時、仕事の疲れと共に暖かな空気に眠気を誘われて、半ばウトウトしていた。そんなすっかり安心しきっていた時に、不意に背中を小突かれると人はどうなるのか。

ただただ怖い。全身に鳥肌が立つのを感じた。

小突かれた理由はわからない。

座席の前に陣取っていたために、通る邪魔をしていたかなと思ったけど、リュックサックはちゃんと前に抱えていたし、割と席側に寄っていたから邪魔はしてないはずだった。

なので、咄嗟に思ったのは知り合いに小突かれたのかなということだ。というか知り合いであってほしかった。電車の中で変なやつなんかに絡まれたくない。そんなことを願いながら振り返ると、そこにはおじさんがいた。知らない人だ。しかも笑ってる。ニコニコとしながらこちらを見ている。なおさら怖い。電車内で知らない人に小突かれるのはこんなに怖かったのか。今まで会ってきた人のことを走馬灯のように思い浮かべたが、目の前の人物に会った記憶はなかった。少し肌寒くなってきた。

 

2.

セールとはすなわち、戦争です。

始まりの合図とともに、売り場へと駆ける我が同胞でありライバルたち。皆の目を見ると、いかにして真っ先に売り場へ行くかしか考えていないみたい。いつもは譲り合いの精神を持ちつつも、その時だけは我が我がと他人を押しつぶしてまで目的地へと突っ走る。でも、目的地に1番に着いたところで意味はない。だってそこからが本当の勝負の始まり。どの商品が一番新鮮で美味しいのか見極めなければ。そしてその見極めをいき迅速に行えるか。例え1番に着いたとしても、うかうかしているとすぐに良い商品はライバルに持ってかれる。逆に、遅くても良い商品を見抜きさえすればいくらでもチャンスは転がっている。

セールで勝つとは、商品売り場への最短ルートを割り出す判断力に行動力、より良い商品を見極める審美眼が重要なんです。そしてなにより、転がってきたチャンスを逃さないこと。

今日は高校時代の友達と久しぶりにランチを共にしました。久しぶりゆえに少々はしゃいでしまい、疲れがたまってます。これではこの後に行こうとしているスーパーのセールに勝つことはできません。だからなるべく体力回復するために、帰りの電車では座りたかったです。でも空いてない。

そんなことを思っていた矢先、近くの席が空きました。最寄りの駅に着いたためにおじさんが立ったみたい。でも、そのおじさんの様子がどこかおかしくて、近くに立っていた若いサラリーマンの元へと向かってます。そしてその若者の背中を小突きました。暴力現場です。でも、おじさんは笑顔。知り合いなのかと思ったら、若者はてんぱっている。電車内は騒然。一方、おじさんはしきりに先ほど自分が座っていた席をアピールしてる。どうやら席に座ってよということみたい。対して若いサラリーマンは、ひたすら首を縦に振っている。なにしてんだあれ。なんでそんなに頷いてんだ。感謝を伝えてんのかな。でも座る気はないみたい。もったいない。こちとらめちゃくちゃ座りたいのに。扉の閉まる音がしたので、おじさんは去りました。若いサラリーマンは未だに今あったことに驚いており、どうやら座る気はないみたい。この空いてる席がもったいない。だから私は座ることにしました。だって座れるチャンスだったんだもの。

 

3.

「ねえねえ、あのおじさんが急にあのサラリーマンのこと小突いたんだけど」

「え?小突く?どういうこと?暴力?」

「いや、指先で背中をつついたって感じ。でも強めだったから小突くって方がニュアンス的にはあってたかも」

「ああ、でもなんで小突いたの?」

「わかんない」

「あ、なんか席譲ってない?譲ってるぽいよね?」

「ほんとだ!譲ってるっぽい。」

「なんで譲ってんの?」

「わかんない」

「譲られてる人も頷きまくってるけど全然座んないね」

「ね」

「なんで?」

「わかんない」

「あれ、おばさんが座っちゃったよ! なんで?」

「わかんないよ。ていうかさあ、さっきから私に聞きすぎじゃない?私が答えを知ってると思ってんの?」

「え、なんで怒ってるの?」

「怒ってはないよ!」

「でも怒ってるじゃん」

「なんでって聞かれるのが嫌なだけ」

「なんで?」

「ほらまた言った」

「これはほんとに気になって」

「じゃあ今までのはなんだったの」

「なんでしょう?」

「クイズ出さないでよ!」

「そもそもなんでこんな感じになってるんだっけ?」

「え? えーっと、あ、あそこでなんか小突かれてる人がいたんだよ。もういないけど」

「ふ~ん」

「もういいやこの話」

 

4.

「小突き」

この言葉を聞いた途端、血が疼いてきた。日常生活においてこんな言葉使うわけがない。ということはやつがこの車両にいるのかもしれない。

名高い万引き犯「京成小突き野郎」が!

やつを直接見たことはないが、電車内でスリにあわれた方々の証言を聞くに、いずれも「そういえば今日背中を小突かれた」と同様の経験に会っていた。また、京成線での被害が多いことから、警察内部ではいつしか「京成小突き野郎」という名称がついた。

やつの手口として判明しているのは、後ろのポケットやバックからはみ出ている財布を取ると同時に背中を小突くこと。そういえば一度、小突いている現場を生で見たことある。その時も「小突き」という言葉がぴったりなぐらいに小突いていた。その現場を目撃した瞬間にやつを追っかけたが、その時は逃してしまった。

今回は女子高生がたまたま会話していたのを聞いただけだが、女子高生が小突きとしか表現できないということは、ほぼ奴で間違いないだろう。

それにしてもまさかこんな夕方の人が少ない時間帯で行うとは。

我々も随分とまた舐められたものである。しかし、お前も今日ここまでだ。

 ここまで来るのに長い時間がかかった。とても感慨深い。もう小突きというワードを聞くだけでこんなにも連想してしまうほど思い入れもある。しかし、それも今日まで。

ほんとに今日限り。

そんな気持ちで小突き現場を見ると、そこにはおじさんと若者がいた。様子から察するにおじさんが若者を小突いたようだ。あんな気の良さそうなおじさんがまさか京成小突き野郎だったとは。観念しやがれクソ野郎!

ホームを歩く小突き野郎を追いかけ、私は背中を小突いた。

 

5.

人に親切にすることは大変気持ちのいいことである。

行動を起こす瞬間は若干恥ずかしいが、それも一瞬で過ぎ去るもので、 後にはすがすがしい気持ちしか残らない。相手も笑顔。こちらも当然笑顔。

平和だ。平和はよい。私は平和にしたい。

今日も職場で若い子が困っていた。会話を盗み聞くと、どうやらコピー機の使い方が分からない模様。遠くの席に座る中堅社員に操作方法を聞きに行こうとしている。あんな遠くに行くよりも、近くの私が教えてあげた方がより早く解決するだろう。そう思って、私は会話に割って入り、操作方法を教えてあげた。いいことをしてあげた。若い子らも笑顔で感謝を伝えてきたので、非常に満足。

この行動のおかげか、今日の帰りは電車に座れた。素晴らしい、日ごろの行いのおかげとはこのことだろう。だが、今日はさらに良いことをするチャンスがまた訪れた。

最寄りの駅近くになった頃、揺れている若者がいた。

まだ新卒なのか、仕事の疲れが溜まったのだろう、非常に眠そうである。しかし、立ちながら寝るのは非常に危ない。ならばこの席を譲ってあげよう。なんて優しい行動なのか、我ながら素晴らしい。

若者に声をかけようとすると、その若者はイヤホンをしていた。こういう場合の声のかけ方を私は熟知している。背中を小突くのだ。私は彼の背中を小突いた。

彼はびっくりして振り向いた。驚かせてしまって申し訳ない。だが、敵意はないのだよ。私は笑顔になることでそれを伝えた。彼はイヤホンを外す気がなさそうなので、席が空いてることを指し示した。言葉がなくても伝えられるのだ。彼もその意図を理解したのだろう、頷いて感謝を伝えてきた。しかし、一向に座ろうとはしない。あれ、伝わってないのか。私は何度も笑顔で空いた席を指し示した。電車の発射音が鳴る。もう行かなきゃ。まだ彼は席に座ろうとしない。まあいいか。もういこう。

ホームを歩く中、私は今日の行動に浸っていた。今日は2回も人に親切をしてしまった。きっと、これからの帰り道でもいいことがあるだろう。そんなことを考えていたら、背中を小突かれた。私は驚いてしまい、ついちょっと弾んでしまった。振り向くと知らない中年男が。誰だろうと考えると、そいつは手帳を取り出し、「警察だ。観念しろ小突き野郎が」と言われた。頭の毛はもとより、頭の中も真っ白となった。

 

6.

知らないおっさんが電車を降りた後、財布を盗まれたのではないかとお尻のポケットを触った。しかし、そこには何もなかった。焦り、前に抱えたカバンのチャックを開けるとそこには大量の財布が入っていた。中を漁り、1つの財布を取り出す。ほっとする。ふと外を見ると、先ほど小突いてきたおじさんにこれまた知らないおじさんが絡んでいる。見せている手帳を見ると、どうやら警察のようだ。何かしゃべっている。「京成小突き野郎」と呟いているみたいだ。

まさか、この時間帯も警戒しているのか。

最近は危うい時もあるし、被害者の気持ちもさっき理解できた。

今日まで捕まらなかったのも偶然で、一度にこんなにも関連した事柄が起きるとは、きっとこれはもうやめろという警告かも。正直財布の処理も困ってきたし。これからは真っ当に生きよう。

そう決意して、おれはカバンのチャックを閉めた。

 

 

39.「報告」

ふと前を見ると、白くて四角い箱がずらっと並んでいる。

正確には、白くて四角い箱は横に6個並んであり、その列がフロアの奥まで規則正しく並んでいる。 さらにその白くて四角い箱の間には、黒いもじゃもじゃが時々ひょこっと顔を見せている。そしてそのもじゃもじゃには黒だけでなくたまに茶色もある。さらに言うと半分くらいはさらっとしている。つまり、もじゃもじゃはジャングルの如く生い茂っている様子を表した言葉ではなく、ただ白くて四角い箱とは違うんだということを言いたいだけなのだ。なんなら肌色できらっとしているとこもある。この世は多種多様である。

そんなことを考えていたら、始業のベルが鳴った。

ぼーっと前を眺めるのをやめて、目の前の黒い画面に集中しようと思った矢先、右斜め前にある黒いもじゃもじゃの1つが立ち上がった。

目の前を横切っていく黒いもじゃもじゃ。どこに行くんだろうと追っていくと、次第にこちらに近づいてきた。

「おはようございます」

後輩である。挨拶されたのだから当然こちらも「おはよう」と返そうとしたが、それよりも先に、

「え、どうしたの?」

と口走ってしまった。

後輩とは同じチームで仕事をしている。役割としては、後輩が実作業を行い、自分がその作業の検証を行っている。例えば、リーダーから売上データの集計を頼まれたときは後輩がその集計作業を行い、その確認を自分が行ってから提出するといった感じだ。そのため、後輩からはよく作業が完了した報告が来る。また、作業完了報告以外にも、作業の疑問やトラブルなどの報告もくる。つまり、よく報告に来るのだ。

しかし、朝一で報告を受けたことはなかった。確かに今集積作業を実際に行ってはいるが、期限まではまだ1週間もあるし、こんなにも早く報告にくるだろうか。それに今回の作業は関東にある店舗全体の集計作業のため、結構大変なはずだ。なおさらこんなにも早い報告はおかしい気がする。思えば、昨日は自分の方が先に帰った。もしかしたらあの後トラブルでも起きたのだろうか。後輩の顔を見てみる。少し顔がひきつっている。もしかしてほんとに困ったことが起きたのか?正直今トラブルが起きるのは面倒だ。だってコロナなんだもの。

「何か昨日あったの?」

「いや、今朝方の話なんですが」

今朝?どこからかトラブルの連絡を受けたのだろうか。

「通勤中、僕ずっとチャック空いてたみたいです。さっき気付いたんですよ」

「え?」

後輩は笑い出して、

「いやー気付いたときは恥ずかしかったです。でも、コロナであんま人がいなかったので被害は少なかったですね」

「……あそう」

今言われたことを自分の中でを整理してみた。そして思った。

なんだその報告は!

 

38.「2018年に読んだ本の感想」

2018年に読んだ本の感想

※敬称略

 

磯崎憲一郎鳥獣戯画

 いつの時代も大変

 

フィリップ・K・ディックアンドロイドは電気羊の夢を見るか

映画面白い、続編も

 

③今村昌弘「屍人荘の殺人」

 密室謎解きとしては面白かった。たが、密室になる理由の根本原因が明かされなかったのが不満点。そこがむしろ一番最初に謎として印象が強かったから尚更。まあそれ自体は密室ミステリーとは何も関係ないからしょうがないっちゃしょうがない。また、このキャラがこういう目にあうのかという点も楽しめた。映画も見よう。

 

④陳 浩基「13.67」

めちゃくちゃ面白い、ミステリーやらサスペンスの短編集。1人の警察官の人生を軸に、遡りながら、節目節目で担当した事件が描かれていく。だから当然死ぬわけないが、中盤の銃の打ち合いシーンはもしかして死ぬんじゃないかというドキドキ感も味わった。どの作品 も趣向が違いつつ、また香港の歴史もかいつまみながらなので、警察体系が変動する中で葛藤しながら事件の真相に迫る姿がよかった。

 

西加奈子「ふくわらい」

この世界とはなにか

 

綿矢りさ勝手にふるえてろ

映画面白かった 

 

⑦今村夏子「こちらあみこ」

一途。 

 

⑧今村夏子「ピクニック」

フーターズ 

 

⑨今村夏子「チズさん」

孫。 

 

綿矢りさ「仲良くしようか」

仲良くする。 

 

ジェイムズ・P・ホーガン「星を継ぐもの」

みんなが知ってるこれは実は・・・系。面白かった。SFは設定の理解が難しいものの、合理的な説明を着実に積み上げてからのぶっ飛んだ展開ってのは面白い。ほんとにこうなんじゃないかと思ってくる。 

 

吉本ばなな「白河夜船」

眠い。 池袋の梟書茶房で買った。

 

角田光代対岸の彼女

 団地に住む婦人同士のバチバチ争いかと思ったら、少しずつ互いを理解し交流していく話だった。バチバチ争いによる阿鼻叫喚が見れるのかと思ったら違ったけども交流を丁寧な描写で描いていてこれはこれで面白かった。

 

⑭コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」

アメリカの黒人奴隷が秘密裡に運用されている地下鉄道に乗って逃亡する話。道中様々な街に潜伏し、時には長く住むことも。街ごとに特色が異なり、ある意味ワンピースに近いかも。悲しい伏線回収もあった。 

 

カズオ・イシグロ「私を離さないで」

ある学園での話。自分たちは何のために育てらているのか、その目的に徐々に気付き、静かに運命を受け入れる者や必死に抵抗の術を探るものが出てくる。残酷な運命に抗うための優れた方法は、苦しい状況下でもそれを凌駕する楽しみを見つけ、見せつけることなのかも。 

 

宮部みゆき「過ぎ去りし王国の城」

偶然見つけた絵画の世界に入り込んでしまうファンタジー。 

 

⑰草野原々「最後にして最初のアイドル」

全く想像だにしてなかったゴリゴリのSF展開。初めはアイドルを目指す者たちのライバル関係等が描かれ、主人公は悔しい気持ちを抱いたり等さもふつうのアイドル成長物語ですよって感じだった。が、急にSFへと展開していった。「会いに行けるアイドルではなく、会いに行くアイドルになったのだ」みたいな表現があって、これだと前半はファン目線、後半はアイドル目線と主体が変わっており、後半もファン目線でのキャッチコピーの方がいいんじゃないか?とすごく疑問に思ったとこがあったが、これとは関係なく話は面白かった。想像と全く違かったという変な読書体験をした。

 

松尾スズキ「もう「はい」としか言えない」

男がひたすら悲惨な目にあっていく。 

 

⑲宇佐美まこと「骨を弔う」

結末の手法がサラバと同様だった。が、グッとは来なかった。小学校の時に土に埋めた人体の標本の骨。しかし、それが本当の人体の骨だとしたら・・・。今はもう離れ離れになったあの時の5人組が徐々に集まり、当時を回想していくという流れは面白いものの、あんま覚えてない。

 

高山羽根子「オブジェクタム」

祖父が新聞作ってる。 ストーリー性ではなく表現で訴えてくる作品なのかも。

 

西加奈子「サラバ」

前回読んだ時から2年経って、今もう一度読んだらどんな気持ちを抱くのか確かめたく読んだ。 2年前に読んだ時のように衝撃を受けるようなことはなかったが、違う感想は抱いた。主人公にとって「サラバ」という言葉は友人との合言葉であり、人生の楽しかった一瞬を凝縮した言葉であり、唱えるだけで安心する魔法の言葉である。自分にとってこの「サラバ」に相対する言葉はあるのか?それを投げかけるような小説だった。